アンデスの食文化

このページは「タンボ・ロッジ」の料理のルーツ、
「アンデスの食文化」を解説したページです。

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アンデスの食文化アンデス原産の作物、じゃが芋の花が咲く畑・アヤクーチョ付近にて

南米料理〔アンデス料理〕ってなーに??

必ずといって良いほどよく尋ねられるのがこのことです。さあ、皆様はどういうものを想像しますか?

たとえばこんな人もいました。『南米といえばアマゾン、アマゾンで思い浮かぶものはピラニアとエルドラード{黄金郷}。だから黄金の鍋にピラニアが浮かび、油こくて変な香辛料が入っていてとっても辛い。』
そんな黄金の鍋だなんて・・・鍋だけ私が欲しいな~~。
それはともかく、〔辛いんでしょう?〕とはよく聞きます。唐辛子の原産国だということはうすうす気がついているようです。
では、南米、特にアンデス原産のもので、今私たちがごく普通に食べているものはどういうものがあるでしょうか。以下に書いて見ます。

アンデスの食文化ペルー原産の雑穀「キヌア」の畑

アンデスの食文化チチカカ湖に浮かぶ「タキーレ島」のジャガイモ畑

《じゃが芋》 《薩摩芋》 《カボチャ》 《とうもろこし》 《インゲン豆》 《トマト》 《唐辛子》  《ヤーコン》 《アボカド》 《ピーマン》 《ピーナッツ》 《パイナップル》 《パパイヤ》 《キヌア》 《アマランサス》 《キャッサバ芋》 《カムカム》 《ズッキーニ》 《ピーマン》 《イチゴ》 《ヒマワリの種》 《カカオ》 《パッションフルーツ》 などなど。

日本ではまだ馴染みのないものが、このほかにたくさんあります。
じゃが芋と一口に言っても、現地では1000種類ぐらいはあるようです。
これをみてもうおわかりでしょうが、現代の私たちの食生活が豊かなのも、アンデスの大地のおかげだと言えるのではないでしょうか

アンデスの食文化色々な穀物や乾燥品が売られているアンデスの市場 クスコにて

アンデスの食文化色々な種類のジャガイモが並ぶ市場 ワンカベリカの日曜市にて

アンデスの料理法

料理の方法はどうでしょうか。インカの時代の料理と思う人もいますが、そうではありません。インカ帝国がスペインに征服されたのは、1532年ごろです。日本で言えば戦国時代に当たります。
今の日本人がそのころと同じような料理を毎日普通に食べているかといえば、そうではありませんよね。
アンデスでもそれは同じです。料理はその時代により変化するものなのです。

インカを征服したスペイン人はどういう料理を食べていたのでしょうか。
自分たちが日ごろ食べているものを食べたいと考えるのは当然でしょう。
短期の旅行と移住は違います。
もし皆様が外国で長期間暮らすことになれば、日本食を食べたいと思うでしょう。
インカ征服当時は今のように簡単に世界中へ行ける様な時代ではありませんでした。
そこで征服者たちはアンデスの作物を料理に使わざるを得なかったのです。でも、自分たちの口に合うように工夫したのです。
そして時代が経つにつれ、本国から味付けのベースになる玉葱や人参、小麦や米、オリーブその他のものを導入し、現在のアンデス料理を作っていったのです。
そしてそれがインディオと呼ばれる先住民にも次第に広がっていきました。

こうして今の料理になったのです。
ですから南米料理(アンデス料理)とひと口に言えば、アンデスの素材とスペインの料理法が合体した、いわば混血料理なのです。
つまり、スペインの料理がそうであるように、アンデスの料理は地中海系の料理ということが言えるでしょう。

アンデスの食文化インカの皇帝も食べていた、標高3200mにある「マラスの塩田」

アンデスの食文化アンデスの日曜市の食堂ブースでは、素朴な薪の火力で作る料理が出されています(アンダワイラスの日曜市にて)

アンデスの食文化先住民の素朴な家のキッチン(クスコ県の農家にて)

世界の食卓を変えた、アンデスの作物たち

アンデスの大地に生まれ育ったさまざまな食物は、世界の食卓を大きく変えることになりました。

征服したスペイン人たちにより、まず香辛料の唐辛子や穀類のとうもろこしが海を渡りました。
やがてトマトも続きました。
太陽の恵みをたっぷり受けたトマトをふんだんに使ったイタリア料理はこのことがなければ生まれてこないことになるでしょう。
そして唐辛子はインドに渡り、辛いカレーが作られました。
一方、日本を経由して朝鮮半島に渡った唐辛子は、真っ赤なおいしいキムチを作り出しました。
現在世界に広まった唐辛子はメキシコ原産のものといわれています。
アンデスでは、それとはまったく別の「原種」から派生した十数種類の唐辛子が作られ、料理を豊かなものにしています。

ところがジャガイモは全く違っていました。
その見てくれの悪さと、当時のヨーロッパでイモ類の作物がまったくなかったことによる馴染みの薄さから、嫌われたのです。
インカ帝国を征服したスペイン人たちは、ジャガイモはインディオ(先住民)の貧しい食べ物だと馬鹿にしていたようです。
しかしジャガイモはその後の世界の飢饉を救い、ヨーロッパに発展をもたらすことになるのです。

16世紀ごろヨーロッパに渡ったジャガイモは、珍しい植物で、花を楽しむ観賞用だったそうです。
そしてそれから約100年、17世紀末に食用として作られるようになると、ヨーロッパの人口が一気に増えることになりました。
それは、今まで寒冷で荒れた何もできない土地に作ることができたからなのです。
その後のヨーロッパの発展ぶりは、皆様お分かりの通りです。

アンデスの食文化ペルー原産の素材を生かして現代的にアレンジした伝統料理の一つ「タマル」

アンデスの食文化アマゾン原産のトロピカルフルーツを巧みに使った美しいスイーツ

 以上の通り見てきますと、現在私達がいろいろな食べ物を食べて食文化を楽しめるのは、旧大陸と新大陸(とりわけアンデスの大地とそこにある植物を長い時間をかけて栽培化してきた先住民たち)との出会いによるところが大きいのではないでしょうか。

今日お昼に食べたトマトソースのスパゲッティーやカレーライス、ビールのつまみのピーナッツ、祭りの縁日で食べた焼きとうもろこし、そしてポテトチップスなどのスナック菓子など食べるたびに、アンデスの大地を思い浮かべてください。
そしてその原点の食文化に触れてみたくなったとき、是非、自然食&穀物菜食の宿『タンボ・ロッジ』にいらしてください。
ゆっくりとした時間の中で、くつろぎながら穀物菜食にアレンジされた南米料理〔アンデス料理〕をいただきましょう。